自分から言い出した事だった。
後悔はない。
「ねえ雷蔵」
丑三つ時。こんな時間になっても明かりを消すことなく、何かを熱心に読んでいる相部屋の主に声をかけた。
「何を読んでいるのだい」
ああ、と今気づいた風な彼はこちらを振り返り、中在家先輩からお借りした本だよ、と言った。
その言葉に、抑えてきた感情が燃えた。
「ねえ雷蔵」
これは遊びだよ、と呟いた。
静かに静かに呟いた。
「ふっ……」
声は、なるべく抑える。
この顔の持ち主は、きっと情事のさ中でも声を荒げることは無いだろうから。
薄い明りの中に浮かぶ裸体には小さな傷を数多く。
顔にもいくつかの傷。
けれど本当の傷ではない。
自分の傷は、全て造りモノ。
それを彼はいとおしそうに撫でてゆく。
口付けないのは、自分が彼の人ではないと言うことをまざまざと思い知らされているようで、惨めな思いを感じさせずにはいられなかったが、それでも幸福という名の海に自分は浮かんでいた。
とれだけ歪かわかっている。
私を愛してはいないと、知っている。
それでも欲しいと。
彼が欲しくてたまらないのだと。
昇華されることのない思いはいつまでも心のうちで燻ぶっていた。
「・・・・・・あっ・・・」
愛撫がだんだんと激しくなってゆく。
本当は体をほぐしてゆく、こんな作業などいらなかった。
これは愛し合う二人がするもので、いまの自分と彼には必要ないと感じた。
無遠慮に貫いて、ただ痛みだけを感じさせてほしかった。
けれど今自分の顔は、目の前の彼の思い人のもの。
ならば自然と甘く触れてしまうのも仕方が無いのかもしれないと、どこか冷静な頭は考えていた。
「うあっ・・・」
急に彼の生暖かい舌が、陰茎に触れた。
予想外の出来事に戸惑いを覚えたが、それ以上に快楽の波が酷く襲った。
優しく、丁寧な愛撫。
ああ、雷蔵は彼の人にこうやって触れるのか。
自分から言い出したこの行為は、はっきり言って地獄だった。
それでも触れられた場所は熱を持って歓喜の声を叫んでいた。
解し、ゆっくりと侵される。
痛みと、快楽と、熱と、絶望と。
最初ゆっくりと、戸惑いがちだった動きはだんだんと激しくなっていき、彼の息遣いも荒くなっていった。
ふいに目元を撫でられる。
泣いているのだと、初めて気づいた。
「・・・きもち・・・・か・・・い」
気持ちいいのかい、と訪ねたつもりだったがまともな音になることはなかった。
そして雷蔵が答えることもなかった。
自分も、雷蔵も限界だった。
動きが自然と、快楽を求めるためだけになる。
「中在家・・・先輩・・・」
自分の中に欲が注がれる時、初めて彼が口を開いた。
焦がれるほど欲した、自分の名前では無かった。
分かり切ったはずのことなのに、何故か絶望した自分が不思議だった。
これは遊びだった。
自分から言い出した事だった。
後悔は、ない。
賢しい狐になりたかった
2009/06/14write
2009/09/16up
【戻る】