うしろがみ






委員会中、気がつくと周りには誰もいなくなっていた。また先輩たちは迷ったのか。
どうしようか思案していると誰かに呼ばれた気がしたのでそちらに走った。
相変わらず周りには誰もいなかった。
けれど自分を呼ぶ声はどんどん大きくなっていく。
ああ、これは作の声だ。作が呼んでいるのならば、そちらに行かなければ。
迷った覚えなど全然ないのだが、きっと彼は自分を迷子だと思い捜しているだろうから。
さんのすけ、と声が大きくなる。
そんなに呼ばなくても、聞こえている。咽が枯れてしまうぞ、と少し心配になった。心配になるくらい声は自分を呼んでいた。
さんのすけ、さんのすけ。
どうしたのだろう、今日はいやに必至だ。最後に作と会ってからまだ半日も過ぎていないのに。
さんのすけ、さんのすけ、さんのすけ。
今行くから、そんなに声を張らないでくれ。本当に咽を痛めてしまう。

「そっちは駄目ですよ」

急に作のものとは違う声がした。
声のするほうを見ると、孫兵のところの後輩がいた。
富松先輩ではないですよ、と高い声が告げる。
先程から聞こえるあれは、作の声ではないのか。確かに声は作のものなのに。
「夢前、あれは富松じゃないのか」
なんの事ですか、と夢前はいつもの笑顔で言った。
「富松先輩なら、向こうにいますよ」
彼が指差した方角は、声がする方向とは真逆だった。
「神崎先輩を捜しています。次屋先輩の姿も見えないとおっしゃっていましたよ」
かすかに、左門、と作のいつもの声が聞こえた。
そうか左門が迷っているのか。それならば加勢しなくては。
「富松はあっちだな」
いえそっちではなくて。そう言って指差した方向が修正された。
釈然としないがとにもかくにも左門を捜す作を捜さなくては。
礼もそこそこにその場を後にした。
なぜ、夢前はあんな深い山の奥にいたのだろう。




「次屋先輩も困ったものだね」
誰に言うでもなく三治郎はこぼした。
さんのすけ、さんのすけ、さんのすけ、さんのすけ。
先ほどから声がうるさい。
彼がいなくなっても彼を呼ぶ声はやまない。
「先輩にはこの声が富松先輩の声に聞こえるのか」
山の深くのさらに奥。
悲しい寂しい侘しい切ない声が、人の名を呼ぶ。
さんのすけ、さんのすけ、さんのすけ、さんのすけ、さんのすけ。
それは愛しい人の名かい。
そう問いたくなるほど切に声は呼ぶ。
この声を聞くものは少ない。
山伏である父とともに修行を積んでいるせいか、三治郎にはこの声がよく聞こえた。
だがその声が三治郎を呼んだことは一度もなかった。
いつか三治郎が呼ばれることがあるのだろうか。
その時自分に耳にこの声は誰のものとなって届くのだろうか。
「愛しい人の声なのかもね」
呼ばれたら、必ず行かなくてはいけないと思わせるような、それほどまでに愛しい人の声。
そうではないと意味がないと思った。
そうでなければ、この声に呼ばれた者の末路が妙だった。
この声に呼ばれた者は、三治郎の知る限り誰一人として帰ってはこなかった。
稀に着物だけ、小物だけ、帯だけ、草鞋だけ、落ちてはいても。
彼も自分が呼びとめなければ、帰らないものの一人であっただろう。
山に取り込まれ、そしてその行方は知れないままだっただろう。
「けど、次屋先輩いつも迷子だしなぁ・・・」
もしかしたらいつも彼を迷わせているのは、この声なのかもしれなかった。
それは三治郎の推測の域を出ることはないのだけれど。
とりあえずそこにいてももう意味はないので、もと来た道を帰ろうと踵を返した。




さんのすけ

さんのすけ、さんのすけ

さんのすけ、さんのすけ、さんのすけ

さ、ん、のす、け、さんの、すけ、さ、んの、す、け、さ、んのす、け

さ、ん、の、す、け、さ、ん、の、す、け、さ、ん、の、す、け、さ、ん、の、す、け、さ、ん、の、す、け、さ、み、し、い、、、





















2009/08/01write
2009/09/16up

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