「あ、しろ」

二年は組、体育委員の時友四郎兵衛を見つけた。
夕食時になっても姿を現さない彼を、まあどうせ委員会だろうとあたりをつけてよく休息をとっている木陰まで探しに来たのである。
「また地面で寝て…」
彼は全身泥まみれになりながら土の上で寝ていた。もともと泥まみれなので土の上で寝ても気にならないといつか話していたっけ。いくら気にならなくても汚れを落として長屋で寝るべきだと元来真面目な気質である僕は思うのだが。
何度か揺さぶると眠たげな声が聞こえてくる。
「…んー…きゅうさく？」
「そうだ。おまえはまたこんなところで寝て」
四郎兵衛が土の上で寝るのは、はっきり言って日常茶飯事である。
2年になって少しきつくなった気がする実技の授業の後もよくこうやって日陰を見つけては眠り込んでいた。
そんな様子を見飽きている三郎次や左近はほうっておけよ、と何度も言う。けれど気になるのだから仕方がない。
「早く食堂に行こう。今夜は熊鍋だぞ」
特に今日は、晩御飯の献立が珍しいものだったこともあり、食べ損ねてはかわいそうだとこうして四郎兵衛を探していた。
「ああ、くまかぁ」
きょうはね、とまだ幾分眠気を残した四郎兵衛がたどたどしく言葉を並べて行く。
夕食の時間だと呼びに来たのだが、組が違うせいであまり聞かない四郎兵衛の声を聞きたいと思ったのでその場に留まることにした。鍋はそう簡単にはなくならないだろう。




「まずひょうこう５００メートルダッシュを50本して」
初っ端からなんだその人間離れした内容は。ていうかしろ、今標高ってひらがなで言ったな。

「５０キロマラソンをおうふくして」
……フルマラソンが確か４２．１９５キロだよな……。

「きがついたら次屋せんぱいがいなくなってて」
またか！……まぁいつものことか。

「滝夜叉丸せんぱいが次屋せんぱいをさがしにいって」
こんな時ばかりは同情せざるをえない…。

「七松せんぱいと四郎兵衛と金吾は動かないでまってろっていわれて」
約一名にその支持は無理だろう…。

「そしたら七松せんぱいが、ゆうげの材料でもさがすかーっていって」
…動くなって言われたばかりだよな。

「でも金吾はめをまわしてたから、その場で休ませて」
そりゃそんな委員会活動、一年には酷だろう…。

「あついけどあつい時のなべもいいよなーって七松せんぱいがいって」
まぁその意見には賛成だ。暑いけど。

「なべのざいりょうをさがすことになったんだけど」
お、至極まともな結論だ。

「ぼくがうっかりへびみたいなのをふんじゃって」
………一瞬にして雲行きが…。

「へびみたいなのはしっぽで、そのさきをみるとトラみたいな手足とさるの顔したけものがいたんだけど」
………!?

「七松せんぱいがそいつのにくはまずいぞっていったから」
…ぬ、鵺!?鵺じゃないのかそれ!ていうか七松先輩食べたことあるんですか!!!????

「じゃあほかのさがしましょうっていって」
その鵺(仮)はどうなったんだ!!!!!!

「くま見つけたから」
あれ、鵺ってそんなに頻繁に見つかるものだっけ？……………いやいやいや妖怪！妖怪だぞ！って次は熊か！

「せんぱいがすででたおして」
………素手………。

「次屋せんぱいと滝夜叉丸せんぱいがもどってきたから」
……見つかるの早かったんだな、今回は。

「みんなでかついでがくえんにもってかえったんだ」



四郎兵衛のひらがなだらけの説明でわかったことは色々あったが、とりあえず夕食の熊は体育委員会が持って帰ってきたという事実だけ判明したことにした。
鵺？そんなものいませんでしたよ。ええ決して、七松先輩が以前に鵺を見つけた挙句食べた可能性なんて見つかりませんでしたとも。
僕はあらかじめ持ってきていた手ぬぐいを四郎兵衛に渡し、泥をある程度拭って七松先輩が素手で仕留めたという熊を食べに食堂に向かった。





―後日―
「お、今日は猪か？」
左近と四郎兵衛と昼食をとっていると、一人遅れていた三郎次が食堂にやってきた。
「そうだ」
左近が早く食べないと午後の授業遅刻だぞと促す。
大食いの四郎兵衛がおかわりしたご飯を食べながら言った。
「きょうの肉は、ぼくがとってきたやつだよ」
満面の笑みだった。
先日の熊のことを知らない左近と三郎次は固まっている。しかしその様子に気づかないのか四郎兵衛は笑顔で続けた。
「けっこう大きなオスでね。たいへんだったんだけど、七松せんぱいが武器はつかわずたおすようにっていったから、がんばったんだ」
ということは。
今目の前にある、半分ほど僕に食された食堂のおばちゃんがおいしく調理した猪は、このぽやーっとしている学友が素手で倒してきたということになる。
まさか、と笑ってしまいたかったが先日の熊のことを知っている僕はただ青くなるしかなかった。
「あれ、どうしたの久作。食べないの？」


体育委員会怖い。