「実習、あるから。委員会には出られない」
ずいぶんとそっけない言い方だった。長い付き合いだと言うのに。
けれど思い返せばいつもこんな感じだった。返事はいつも必要最低限で、一年の頃は多かった憎まれ口も、トラップを仕掛ける時の意地悪そうな笑顔も先輩が一人、また一人と卒業するにつれて減っていた。自然と僕との会話も無くなって、今では用事のある時にくらいしか話さない。その事実は、とても寂しかった。
「わかった。斜堂先生と委員長に伝えておく」
会話終了。
本当は、どんな実習なのか、何をするのか、聞きたかった。いつもは組の実習は危険と隣りあわせで、馬鹿みたいに無茶をするから。
普段なら実習があるなんて事を事前に知る事はない。兵太夫が僕に言ってくる事は無いからだ。偶に加藤から佐吉に情報が渡って僕の所に来るくらいで、どこかしら怪我をしたは組の連中を見て実習があったのだと悟る。
「それだけだから」
そう言って兵太夫は踵を返した。い組の教室に長居は無用だと決め込んでいるみたいだ。確かに僕だっては組の教室に長居なんてしたくないけれど。
そう言えば初めて兵太夫の口から実習があるからと聞かされた。と言う事は今回は突発的なものなのだろうか。でなければ斜堂先生や委員長が日程を把握しているはずなので、わざわざ僕に言いに来る必要はない。
また、無茶をするのだろうか。
伸ばしかけた手は、兵太夫に触れる事は無かった。
「伝七!」
は組はまだ実習から帰らなかった。兵太夫が僕を尋ねて、五日目になる。まだ僕たちの年齢では長期の実習は授業内容に組み込まれていないはずなのだが、は組だから、と自分を宥めているさなかだった。
「団蔵が今戻ってきて、それで、笹山が、」
脳みそが言葉を飲み込む事を拒否する。佐吉は、今、何て言った?どうせ、加藤の早とちりだろう。だって、あの、兵太夫に限って、そんなへま、するわけ、だって、そんな事、ありえない、僕たちはまだ、そんな危険な、任務は、できない、から、だから。
「笹山の行方がわからないんだ」
そんな言葉は聞こえない。
三日目の晩から、兵太夫の姿は見えなくなったそうだ。
突然決まった実習であったため、普段ならば一緒に行くはずの山田先生が同行できず、そして思いの他危険が多かったらしい。
早馬で学園に救援を求めに戻った加藤から切れ切れに聞いた。
加藤が言うには、兵太夫はここのところずっと心ここにあらずと言った状態だったらしい。そんな状態で、彼は独りで闇に消えた、と。
最後に兵太夫を確認した地点から少し離れたところに少量の血液が落ちていた事から、何らかのトラブルに巻き込まれたと見て先生方が手を尽くし捜索している最中で、あいつの事だから悪びれもせず出てくるよ、とぎこちなく笑って加藤は厩に走っていった。
僕のこと好きって言ってくれる人がいるなら、こんな世界でも生きていける
昔、聞いた。二人になる事は少なかったから委員会中だったかもしれない。
すぐに「独り言」と言われてしまって、何を言うべきか迷っていた僕の口から結局言葉が出る事は無かった。
それを、今、思い出した。
僕が「好きだ」と一言口にできれば、何かが変わっていただろうか!
神様僕等は弱虫です。
2009/09/21
2009/09/27
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