始まった。
「ねえ藤内・・・」
少し甘えた風な数馬の声が聞こえる。こんな声を聞くのは何度目か。そしてこの後にはお決まりの台詞を吐くんだろう。
「ほんとに僕でいいのかな」
ああやっぱり。
そして俺もお決まりの台詞で返す。
「数馬の事が嫌なら側に寄ってきたりしないよ。作は嫌いな相手に愛想振りまけるほど器用じゃないって数馬も知ってるだろ」
このやり取りももう何回目か。
晴れて好きな人とのお付き合いを始めた三反田数馬は何度もこうやって不安になる。不安になっては俺の元に来る。
「あ、作」
いつもの問答を繰り返していると、数馬の恋人である富松作兵衛を見つけたので声をかけた。ごめんな数馬、でも正直俺はこの問答に飽きてるんだ。
「おー何だ藤内。数馬もいるんじゃねぇか」
瞬時に俺の影に身を隠す数馬。お前はこいつの恋人だろう。
「作」
なんだ、と何も知らない作兵衛に「付き合ってんなら数馬を不安にさせるんじゃねえよ」とこそっと告げた。本当は、不安にさせるんじゃねえよボケ、くらい言いたかったけれど相手は作兵衛なのでやめた。これが三之助ならさらに「いっぺん死んでこいカス」くらいはオマケでついてくるだろう。おっと話がそれた。
みるみる真っ赤になった作兵衛は数馬の手を引くとそのままどこかへ走っていった。いつもいつもご愁傷様です、俺。
腕を引かれたどり着いた先は屋上だった。
「さ、作ちゃん・・・足速い・・・」
情け無い事に僕は息も切れ切れだ。それに対して作兵衛は普段と同じ様にケロリとしている。体力の差か、とひそかに虚しくなった。
「わりい、大丈夫か数馬」
うん、と頷くと作兵衛は持っていたパックジュースをくれた。これって作ちゃんが飲むはずだったんじゃ、と言うとじゃあ半分くれよ、と笑った。眩しかった。
日陰に移動して座り込んでパックのコーヒー牛乳を飲む。僕が普段なら飲まないソレはなんだか無性に甘かった。
「で」
唐突に作兵衛が口を開く。
「何がそんなに不安なんだ」
突然の言葉にむせた。液体が気管に入って苦しい。大丈夫か数馬、とさっき聞いた言葉がまた僕を心配している。
少し落ち着いて、大丈夫って言って、そして何て言おうか迷った。
不安なこと。だってそれはたくさんあるんだ。
「作ちゃんはさ、」
ぽつぽつと言葉を口にし始めたら止まらなくなった。
だってもてるでしょう。知らないのは作ちゃんだけかもね。でも結構人気なんだよ。バカ三之助もなんだけど。孫兵は綺麗で人気あるけどちょっと近寄りがたいってイメージみたい。左門は可愛いって声が多かったかな。藤内ももてるけどあれはあれで三之助一筋だからね。
そんで、そんなにもてる作ちゃんが、なんで僕なんかとお付き合いしてくれてるのかなって考え出すと止まらないんだ。だって僕、不運だし。それに巻き込まれて作ちゃん怪我したことだってあるでしょう。大好きな人に怪我させるなんて、最低だよね。だから僕は近くに居ない方がいいのかな、って。
男の僕に好きって言われるよりも、女の子に好きって言われてしあわせになるほうがいいんじゃないかなって。
そこまで一気に吐き出すと、泣きそうになった。
そうだよ、だって僕は男だもの。どんなに作ちゃんが好きでも、性別は変えられない。
また思考の渦にはまりかけると作兵衛が口を開いた。
「バカだなぁ、数馬」
・・・バカって言われた。
「ほんと、馬鹿。何で言ってくんないんだよ。独りで悩むなんてずりぃよ」
そう言って僕の手をぎゅっと握った。
俺がもてるとかもてないとか、そんな事はどうでもいいの。だって数馬は俺が好きなんだろ。俺はそれだけでいいんだよ。あと数馬の不運はいつものことだろ?そんで俺の怪我だってたとえ数馬が不運じゃなくってもあの馬鹿二人に振り回されるからいつもの事なんだよ。日常茶飯事だ。今更気にする事じゃねぇ。だから別に怪我とかは平気なんだ。それに数馬がそんなに思いつめるくらい俺のこと思ってくれてんだ。それだけで俺は十分なんだ。数馬のせいで怪我するよりも、数馬が側に居ない方がまいっちまう。
あと男だとか女だとか、そんな事今更気にすんじゃねぇよ。だって好きなんだろ。そんで俺もお前が好きだよ。それってキセキじゃねぇ?お前が居るだけでシアワセだよ。それなのにそんな悲しい事言うんじゃねぇよ。
握られた手は真っ赤だった。ちらりと顔をのぞくとやっぱり真っ赤で、でも僕の顔もきっと真っ赤でそして泣きそうだった。
だって好きなんだよ。だからあんなに不安にもなるしこんなに嬉しくもなるんだよ。
そっと握られた手を握り返すと、手に込められた力が増した。
しあわせってこんな感じかもしれない。僕は確かに不運だけど、不幸じゃないんだなって実感した。
少し温くなってしまった半分だけ残ったコーヒー牛乳に気付いて作兵衛に渡すとちょっとためらってそのまま飲んだ。なんで今ためらったんだろう。あ。
「間接ちゅー・・・」
今度は盛大に作兵衛がむせる番だった。
「数馬・・・余計な事言うんじゃねぇよ・・・」
少し涙目。可愛い。やっぱり好きだなーって思っていると後頭部に手が回されて暖かくて柔らかい少しかさついた感触が唇に当たった。少し思考が止まってやっと思いつく。間接じゃないちゅーだ。
その感触はすぐ離れてしまって、少し名残惜しいなあと思ったので今度は僕から口付けた。
不安なら黙って俺に愛されてろ!
「藤内ー、作兵衛は?」
「バカップルしに行った」
「なら俺らも」
「黙れ馬鹿。左門独りだと帰れねぇだろうが」
「あ、左門なら孫兵と先に帰るって言ってたぞ。そうだ俺それを作兵衛に伝えようとしてたんだった」
「・・・よくここまで来れたな」
「藤内が居る場所はどこだって分かるぞ」
(その言葉が嬉しいとか俺らも十分バカップルじゃねぇか!)
対数馬だけ口調が少し柔らかい藤内。対三之助は酷い。
序盤が藤内、途中から数馬、タイトルは作兵衛、おまけが浦次視点です。
2009/10/01
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