左門が女の子です。
詳しくは出てきませんが富松と次屋も女の子です。




































はじまり、うらうらと。



馬鹿みたい。

馬鹿みたい馬鹿みたい馬鹿みたい。
知ってる。必要なのは「優秀な伊賀崎君」だって言う事。テストで良い点とって特に問題も起こさない優等生ってとこにしか価値が無いって事。
そんな「優秀な伊賀崎君」の好きなものが昆虫だとか爬虫類だと言う事が酷く気に入らないのか、何度も何度も言われた。「そんな気持ち悪いもの、伊賀崎君には似合わないよ」。気持ち悪いなんて。どの口が言うんだ。おまえらの方がよっぽど気持ち悪い。群れてないと何も出来ないくせに。自分達が優秀だって思い込んでて一番じゃないと許せないって思ってるくせに。
ああ馬鹿みたい。そんな事ばっか考えてる自分が、馬鹿みたい。
学校は、煩わしい。
人は、嫌い。


高校は家から離れた郊外の学校を選んだ。偏差値はそんなに高くない。担任にも鬱陶しいクラスメイト達にも「もっと上の学校を目指せ」と言われたけれど無視した。学校は嫌いなんだ。どうせ行かなければいけないのならせめて好きな環境がいい。選んだ郊外の学校は木々に囲まれていて生き物の生きる音がした。
「えーと、伊賀崎くん?」
入学式を終えて早1ヶ月。日課は裏庭の木々たちの中で虫たちを観察する事。春は目覚めの季節でたくさんの虫たちが顔を出している。今日も授業を終えて早速裏庭に行くと見知らぬ顔に声をかけられた。
「そうだけど」
明るい髪をしたその顔に見覚えは無い。人に関わるのはこりごりだと思っていた僕はクラスメイトの、隣の席のやつの顔すら覚えていない。中学時代僕に何かと突っかかってきていたエリート意識の高いヤツラはこぞって偏差値の高い学校に行った。だから見覚えが無いというのも当然である。
その明るい髪をした少年は顔に泥をつけたまま笑った。
「人違いじゃなかった。よかった。僕、三反田数馬って言うんだ」
三反田と名乗った彼は同じクラスの人間ではなかった。何故僕のことをと疑問に思っていると「いつも見てたからさ」と彼は言った。
「僕、保健委員なんだけど、当番で保健室に行く時裏庭が見える廊下を通るんだ」
ほらあそこ。指差す先にはなるほど薄暗い廊下が見える。それで、その裏庭にいつも居る僕のことが気にかかった。それだけだった。
「それだけ?」
僕に関わるやつは僕の成績が良いからとか顔がいいからとかそんな理由ばかり持っていた。けれど三反田はただ見かけて気になったから、という理由で声をかけてきた。不思議なヤツだな、と思った。
「うん、それだけだけど。いっつも伊賀崎くん裏庭に居るから、何してるのかなって」
そうやって三反田は柔らかく笑った。こんな笑い方をする人間を見るのは初めてだった。そしてそんな笑顔が自分に向けられるのも初めてだった。
「・・・・・・虫」
虫、見てた。それだけを短く言った。笑顔にほだされて口にして、そしてああ気味悪がられるかなと思った。けれど。
「虫が好きなの?」
三反田は揺らがなかった。やっぱり柔らかい笑顔で聞いてきた。なんでだろう、嬉しいだなんて。なんて、答えよう。
「数馬!」
僕が答えを口にするより早く、随分と小さな女の子が三反田の元にかけてきた。作が探してたぞ、と元気な声が聞こえる。そしてその子は僕に気付いた。
「あれ、数馬のともだち?」
友達。縁遠い言葉。何て答えようか迷っていると三反田が口を開いた。
「今お友達になってるとこ」
吃驚した。
ともだち、になりたいのか。こうやって直接的なアプローチをしてくる人間は初めてで、どうすればいいか分からない。固まっていると女の子が笑う。
「そうか!数馬の友達なら私も友達だ!」
私は神崎左門。おまえの名前は。そうやって眩しいくらいに笑った。いがさき、と答えるのがやっとだった。
「伊賀崎!知ってるぞ」
神崎が言った。知っているって、何故。
「実力考査、1番だったヤツだ。伊賀崎孫兵って。頭良いんだな」
笑顔に嫌味は感じられない。素直に褒められていると分かるとひどく照れる。
名前とか貼りだされてなかったよね、どこで知ったの左門。先生に聞いた。・・・教えてくれたんだ・・・。そんなやり取りが交わされている間に真っ赤になった顔をどうにかしたかった。
「孫兵は何してたんだ」
急に下の名前を呼ばれ動揺した。会ったばかりの女の子に友達宣言されたのも下の名前を呼ばれたのも初めてだ。
「えっと」
虫、見てた。三反田に答えたのと同じ事を言って、そういえば神崎は女の子だと気付いた。虫が苦手な女の子は多い。けれど嘘を言うわけにはいかない。会ってすぐなのにこんな真っ直ぐだと分かる子に嘘を吐くのは嫌だった。
「虫か!春だもんな。どんなのがいるんだ?」
気持ち悪い。そう言われるとばかり思っていたのに。
神崎の反応は初めてで、すぐ答えられなかった。自分はこんなにコミュニケーション能力が無かったのかと痛感する。
「天道虫とか、いるよね。さっき僕に向かって飛んで来て、よけようと思ったら花壇に足つっこんで転んじゃってさ」
三反田の顔の泥はその時ついたようだと判明した。しかしよけようとして花壇に足をつっこむとはある意味器用な。神崎は相変わらず数馬は不運だな、と笑った。どうやら日常茶飯事らしい。
「あ、動かないで」
三反田の明るい髪に、赤いものを見つける。手を伸ばしてそれをとる。
「天道虫」
くっついたままだったんだ、と三反田は笑った。
「ナナホシテントウだ。天道虫の代表格だね。体に七つの黒い紋があるから和名がナナホシなんだ。天道虫の天道は太陽神の名前なんだよ」
そこまで言って、しまったと思った。こうやって虫の薀蓄を垂れて何度気味が悪いと言われた事か。けれど好きで好きで仕方ないから虫と触れ合う事はやめられなかった。そして人は僕を虫とばかり遊んでいる気味の悪いやつと認識するようになった。この二人もそうなのかな。そうだとしたらすごく悲しい。そう思った自分に驚いた。
けれどやっぱりこの二人は予想外で。
「「笑った!」」
と声を揃えて言った。戸惑っていると、「伊賀崎くん、すごく綺麗な顔してるけど笑うと可愛いね」なんて言われた。神崎も「孫兵の笑顔、綺麗だな」なんて言う。再び顔に血が集まるのを感じずにいられなかった。
「天道虫って、神様の名前なんだ。詳しいね。すごい!」
「私も初めて知ったぞ!なあ孫兵は虫が好きなんだろう?もっと虫の事教えてくれ!」
そんな風に言う人たちは初めてだった。すごく、満たされる気持ちがする。
きっと彼や彼女にも嫌な事の一つや二つ、あるだろう。それでもこうやって僕みたいに卑屈にならないで、笑える。それは凄い事だと思った。
初めての感情。ああ、僕はこの人たちと友達になりたい。
「・・・孫兵」
孫兵で、いいよ。三反田に言った。それから、友達になるにはどうしたらいいんだろうと考えた。馬鹿な僕は方法が分からなかった。
「僕の事は、数馬って呼んで」
もう孫兵は立派な僕たちの友達、だよ。そう言って柔らかく暖かく三反田が微笑む。
「私は左門って呼ばれるほうが嬉しいぞ」
そう言って神崎が満面の笑顔を浮かべる。
「・・・数馬、左門」
姓ではない名を呼ぶのは初めてだった。
「これから、よろしく孫兵」
こちらこそなんて言えなかった。ただただ嬉しかった。とっくに人との触れ合いは諦めていたと思っていたのに、どこかでひどく渇望していた僕は、何だか泣いてしまいそうだった。

その後、数馬と左門の友達だと言う浦風と次屋と富松という子達に会った。左門が「孫兵は虫にすっごく詳しいんだぞ!そんで頭もいいんだ!」と言うと3人とも嫌な顔なんて見せなかった。「勉強で分からないとこあったら教えてよ」と笑ったのは浦風。「俺も虫は好きだぞ。名前とかあんまわかんないけど」とどこかつかめない笑顔を浮かべるのは次屋。「綺麗で頭もいいって、すごいな。俺も勉強、教えて欲しい」と照れたように笑うのは富松。
「ええと、伊賀崎、孫兵、です」
たどたどしく自己紹介のようなものをした僕を、皆笑って迎えてくれた。
自慢のペットのジュンコを紹介したいなって思ったのは初めてだった。



学校は煩わしかった。
人は嫌いだった。
馬鹿みたいに卑屈な僕は、でも周りが悪いって思い込んでいた。
けれど世界は変わった。
彼らに会えたことが僕を変えたのは明白だった。
そして僕は人の温もりを、笑顔を、葛藤を、苦しみを肩代わりできないもどかしさを、

恋を、知る。












2009/10/05

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