あなたの言葉がきみの言葉になる。


「私たちは、おわってゆく生き物だ」
人知れず静かに別離の涙を流していた僕の隣に、当然のように座った彼は小さな声でけれどしっかりと言った。彼が生き死にに関する事で口を開くことはひどく珍しい事だったので思わず聞き入ってしまう。
「どんなに足掻こうと、私たちはおわってゆく。永遠などそれは幻でしかない」
まぼろし。確かに幻だ。死はこんなにも現実で、生は霞がかかったようなまぼろしだ。光に溢れ、そしてもう二度と戻ることのない、優しくて暖かくて残酷なまぼろし。まほろばとは或いは生きているだけで光溢れる生の事かもしれない。そんな事を独りつらつらと考えると、また涙が頬を伝った。
「だからな、孫兵。私たちは刻んでゆくのだ。終わりがあるのが解っているからより一層。明日はないかもしれない、だからこそ強く」
たましいに。いきたきせきを。

たとえば目の前に、終わった命がある。手厚く埋葬をしたとしても、それは生者の為の弔いではないのかと、思う。死を悼み、かなしみに浸る時間が必要なのはもう終わってしまったものではない。弔いとはある種、生きているものがまだ終わらないために行う儀式だと自分は考える。圧倒的な時間の壁を前に、無数の儚い命を葬ってきた自分だからこそ、余計にそんなことを思うのかもしれない。そんなことをいつか先輩と仰いできた人物にこぼすと、お前は優しいな、とよくわからないことを言われたことを覚えている。そして、けれど生きている時間軸が違う生き物にとって、自分たちからみたら短いと思う命でも、時間的感覚は同じなのだと彼はどこか遠い目をして言った。だからこそお前が愛すものはお前を置いていってしまうが、それはお前を愛した彼らにとって命を全うした結果であって、いたずらに悲しむものではないよ、と頭を撫でながら言われた。
言っていることは、頭では理解した。けれど納得するまでにはいかなかった。そして先輩の衣は藍から若草色に変わり、今は自分が同じ色の衣を身に纏っている。
それほどの時が、流れた。かつて先輩が言ったことは未だに理屈でしか理解できない。
「昔、な」
まだかすれた声で、独り言のようにぽつぽつと言葉をこぼした。隣の左門が聞いていなくてもよかったし、けれど自分の言葉には絶対耳を傾けてくれるという奇妙な自信もあった。
「竹谷先輩に、言われたんだ。お前の愛するものとお前は、生きている時間が違う。彼らは生を全うしたのだから、いたずらに悲しんではならない、と。」
竹谷が言った言葉はもっと他にあったように思えた。けれど自分の中で幾度も反芻した言葉は結果このような形に収まった。
自分はいたずらに悲しんでいるのだろうか。わからない。終わる結末の命が当然の結果終わってしまったことに意義を唱えたいのだろうか。わからない。
何が悲しいのかもわからなくなってきそうだった。
「…左門」
「何だ」
わからない、とだけ呟いた。
「竹谷先輩が仰ったことか」
頷くべきか、否定するべきか。わからないのは、もしやこの世のことわりではないのか。涙をこぼしすぎた脳味噌は霞がかかったようだった。
「先刻のな」
突と左門が語り始める。
「終わってゆくから刻むのだ、と私は言ったろう」
「ああ」
それは実は潮江先輩の言葉なのだ。彼はいつか竹谷が見せたような遠くを懐かしむ目をして言った。
「先輩が卒業してゆかれる前に、仰ったのだ。忍としての心得をたんと述べた後、心得と共に覚えておけ、と」
それは何とも彼らしくない、けれど彼をよく知るものにはそれはそれは彼らしい言葉だったのだろう。語る左門の顔には郷愁の思いが溢れている。
「存外、ロマンチストなのだな」
少し笑うと、左門は存外なんてものではないぞ、とさらに笑った。あの学園一忍者していた先輩が、と思うとなんだか妙に笑えて仕方なかった。 そういえば先ほどの左門の表情、何か覚えがあると思えばかつての竹谷そっくりだった。彼も彼の先を生きてきた人に、同じような言葉を貰ったのだろうか。どこか遠くを見ていたのは、その人を思いだしていたのだろうか。 全ては推測にすぎない。 思い返せば竹谷は自分が別れに打ちひしがれているとき、近くから、遠くから見守ってくれていた。最初は気づかなかった。けれど少しは忍びの術が上手となったのか気配を、我が身を案じてくれている気配を感じ取れるようになった。その頃まだ自分は孤立していて、それこそいつも共に在るのは儚い命の存在たちだけだった。 そこに、風が舞い込んだ。左門、作兵衛、三之助、籐内、数馬。彼らは親身になって別れを悼み、そして自分を労ってくれた。竹谷先輩の気配は、とても優しいものになった。気恥ずかしくて結局礼などまともに述べたことなど無いのだけれど。
「きざんでゆく、か」
言葉にしてみる。存外むずがゆい。そして案外難しい。けれど決めた。
「僕は、別れを忘れない。僕の生きてゆく道にきざむ」
けれど。
「きざむのは、別れだけではない。出会えた喜びだって、僕は死まで忘れないだろう」
ようやく涙も乾いて、ぎこちなく笑った。左門も、それでいいのだという風に笑った。

たましいに、存在に、刻んで、明日を生きる。

生きたこと、笑ったこと、泣いたこと、わかれたこと、出会ったこと、どうしようもなく嬉しかったこと。
全て取りこぼさない。

それで、いいんだなと笑うと左門はまた穏やかに笑みを返してくれた。この優しい笑顔も、僕はたましいにきざみつける。


きみの言葉がぼくの言葉になる。








2010/07/16 writ
2010/07/27 UP
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