本家様の「かみさまのいうとおり」のネタバレになります。












ダイヤ改正。そして年度末。
なんとも忙しい時期に自分は開通してしまったものだと目の前の書類の山を見てぼんやりと思った。それは一週間後が開通日の秋田も同じなのだが。
書類の山の間にちらほらと見受けられる、プレゼントの数々。口々に「お誕生日おめでとうございます」と忙しい業務の間に渡されたものだ。これが秋田なら「ありがとう」という一言で簡単に受け取れただろう。けれど自分は皆とは違っている。少し異質な存在である。確かに開通したのは3月15日で間違いはないのだけれど、生まれたのは。
書類を片付けながらぼんやりと、毎年考えてしまう余計な事を考えていると新大阪の駅舎では聞くはずの無い声が聞こえた。
「『山陽』上官、お誕生日おめでとうございます」
驚いて振り返ると予測した通りの、けれど関西ではなく関東を走っているはずの彼がいた。
「八…高…?」
はい、あなたの八高線ですよ。なんていつものノリで微笑まれると何を言おうとしていたのかわからなくなってしまった。
「間に合って良かったです」
ほっと胸をなでおろす彼に気付いて手元の時計を見ると針は23時を少しばかり過ぎた時間を指している。
「東海道上官に見つからないようにこちらに来るのは、案外難しいものですね」
確かに彼の勤務地は東京の端の方で、こちらに来るには東海道本線もしくは兄である東海道新幹線に乗るしかない。フェリーや夜行バスなども一応あるが時間がかかりすぎてしまうので業務に支障が出るだろう。それを考えると東海道本線で東京〜新大阪間もきついものである。ならば消去法で相方でもある東海道新幹線でこちらに来るしかないだろうが東海道はガチガチの仕事優先男である。八高が新大阪まで自分の路線を利用しようとしている所を見つければ小言の二つや三つは確実だろう。八高はきっとさらりと流してしまうのだろうけれど。
「何?間に合うって」
そろそろ日付が変わるころだから「3月15日」中に済ませたい用なのだろうけれど自分には心当たりがない。
「嫌だなぁ、ご自分が生まれた日もお忘れですか」
いつもしているサングラスを珍しくとって彼は微笑んだ。常に浮かべている胡散臭い笑みではなくて、優しくて温かい微笑み。自然と胸に灯がともる。
プレゼントです、と上品な包みにくるまれた箱を渡された。開けてみてください、と促されてリボンに手をかける。中からは一目で高級だとわかる時計の鎖が出てきた。鉄道業務には欠かせない大切な時計。その時計とセットで支給された安物の鎖とは全く違う。
「それは、半分です」
にっこりと笑って八高は言う。
「今日はあくまで「山陽」上官が生まれた日です。もう半分は「篠山」上官が生まれた日まで待っていてくださいね」
してやられた。そう思った。自然と笑みが零れるのがわかる。八高は、自分が「篠山」だった頃を知っている。だからこそ彼に「山陽」としての開通日を祝われるのは何とも言えない気分だったのだがまさかの二段構えとは。
「俺、愛されちゃってるね」
何を今更当たり前のことを。照れ隠しの冗談交じりの言葉は真顔で発せられたストレートな発言の前にはただ顔を赤く染め上げる材料にしかならなかった。
「…今から東京戻るの、面倒だろ。泊まってくか」
最初からそのつもりでした、といつもの胡散臭い笑顔に戻った彼はその手に自分が好きな日本酒を持っている。聞くと肴も持参済みらしく、そしてそれは自分の好物ばかりだった。本当に、愛されている。

毎年、この日は微妙な気持ちになる日だった。確かに今自分は「山陽新幹線」である。けれど、山陽新幹線の開通日として祝われる度に過去の自分が否定されて行くような気が、恐らくどこか心の隅でしていたのだろう。
そんな気持ちを払拭してくれたのは、過去の、「篠山」を知っている彼だった。彼の口から「篠山上官」と呼ばれるのはなんだかむず痒かったが、それでも「篠山」という過去が肯定された。この喜びとも郷愁ともつかない感情を何と言おう。

今まで会う事のなかった分、今年の八高の開通日は盛大に祝う。そう固く心に決めてその日は二人で眠った。毎年感じる違和感は消え去って、それは安らぎを与えてくれる夜だった。




―10月1日―
「『篠山』上官」
覚えてらっしゃいますか。そう言って半年程前貰った上品な包装をされた箱をまた貰った。3月15日とは違って、この日に何かを貰う事は今まで一度もなかった。誰も自分が過去、国鉄篠山線であった事を知らなかったからだ。何とも不思議な感じで箱を開けると中から立派な懐中時計が出てきた。
「もう半分で、そして本体です」
山陽新幹線として生まれた日には鎖を貰った。国鉄篠山線として生まれた日にはその鎖をつける先である時計を貰った。意味するところ、それは「篠山線」が原点であるという事。
過去を肯定してくれた彼には感謝と愛しさがあふれて思わず涙が頬を伝ったが、それすらどうでもいいと思えるくらい嬉しさが胸中を覆い尽くした。
さて、5日後に迫った彼の生まれた日には何を贈ればいいのか。それは難しくはあるがとても幸せな悩みだった。


心からの感謝を貴方に。





八高の誕生日は「八高線」開通日である10月6日に仮決めしております。









2010/03/16