なぜ、と何度も思った。
でもどうしようもなかった。
人はこんなにも馬鹿になるものなんだと思った。でもそれは僕だけかもしれない。他の人はもっとうまくやるのかもしれない。あれ、何をうまくやるんだろう。
とにかく、馬鹿になってた僕にはそんなことは関係なかった。
伝えたくなかった。だって散々目の敵にしてきた相手なのに。
けれど伝えなければ、破裂しそうだった。
なんにもないのに涙が溢れてきて、動機が激しくなって、思いに殺されそうだった。


「鉢屋先輩の事が好きなのは知ってる。そのままでいいんだ。ただ僕はおまえが…好きだって言うこと…」
知っておいてほしくて、という言葉はだんだん小さくなった。
何だこれ。伝えなければ爆発しそうだったはずなのに、伝えても破裂しそうだなんて。
顔が熱い。きっと真っ赤になってる。呼びとめたのは自分なのに、早くその場から逃げだしたくてたまらない。
「…何勘違いしているの」
その声には感情の隆起は見られなかった。僕の一世一代の告白を前に少しも動揺していない彼が少し憎たらしい。訂正。かなり憎たらしい。
ああそう言えばは組の連中がいつも言っていたっけ。庄ちゃんたらいつも冷静ね。
「僕は彦四郎のこと、ずっと好きだよ」
あまりにもさらりと言い放たれて、最初は何を言っているのかわからなかった。
かろうじて動き出した脳みそがはじき出したのは「だっておまえ鉢屋先輩のこと」だった。僕にこいつの冷静さが少しでもうつればいいのに!
「鉢屋先輩に特別な感情を抱いていたのは認めるよ。でもそれは憧憬。恋情とはかけ離れたものさ」
彼は涼しい顔でそう言った。


例年通り夏は暑くて、そして僕は馬鹿になっていた。
けれど気付いた。憧憬だなんて言葉で飾ったけれどお前が抱いていたのは確実に恋情だということに。
悔しいけれど、認めたくないけれど、天才と名高かった先輩が卒業して、衣が萌える芽の色になってもずっとおまえを見ていた僕が気づかないとでも思ったのか。は組のやつらみたいに簡単にお前の言動に騙されてなんかやるものか。
「それで」
相変わらず涼しい声が聞こえた。太陽がじりじりと照りつけてこんなにも暑いのにどこまでも涼やかだ。
「僕とお付き合いをする、でいいの、彦四郎」
どこまでも冷静な声で、彼は言った。
僕は正直思いを伝えてからのことを何も考えていなかったので焦った。
そしていつまでも「鉢屋先輩」という卒業してしまった先輩のことが頭の中をぐるぐるとまわっていた。
「変な彦四郎」
自分から告白してきたのに続きを考えていなかったんだね。
僕の考えを半分読んで初めて彼は表情を崩した。その笑顔を見ると、相変わらず心臓は激しく脈打って変に汗をかいて、やっぱり殺されそうだった。だから僕はその笑顔がいつも彼が浮かべる胡散臭いものと大差ないことに気付かなかった。


とりあえず、僕と彼、黒木庄左ヱ門は世間でいうお付き合いなるものを始めることになった。
誰にも言っていないはずなのに、摂津の奴はなぜか早々と知っていて、黒木は情報はただで手に入る銭のようなものだからねと笑っていた。




結論→夏が暑いからです。











2009/08/31write
2009/09/16up