大いに注意力が散漫していた。認めよう。でなければこんな状態にはなっていない。
「何しやがんだ、てめぇ」
両腕は頭の上で交差して留められている。どこにそんな力があるのかと思いたくなる程強く固定され抵抗はむなしい。せめて射るように睨むと自分に馬乗りになった人物はへらりと笑った。
「何って、見ての通りだけど」
この善良そうな面。顔だけ見てみればいつも通りの気の抜けるような笑顔の「五年い組尾浜勘右衛門」で何ら特別な事はない。だからと言い訳をするのはみっともないのだが、正直かなり気は緩んでいた。だってまさか、こんな平和ボケした笑顔を浮かべる同級生に押し倒されるなんて夢にも思わない。普段のコイツの自分に対する態度は同じ組である兵助はもとよりろ組の八左ヱ門や雷蔵と変わりは無かった。ただコイツは俺だけをずっと「鉢屋」と呼んだ。慣れてしまえばたいして気にもならない事柄だ。つまりはコイツは今の今まで俺に危害を与えるであろう素振りを見せる事は無く、はっきり言ってノーマークだった。
「ネコ被ってたのかよ」
「何枚も偽の面被ってる鉢屋に比べれば可愛いものでしょ」
何が可愛いものか。性悪だ。コイツの性格の一つも看破できていなかった自分が腹立たしい。それでも天才と名高い鉢屋三郎か。情けなくって涙が出てくらぁ。まぁ絶対泣かないけど。泣かないけどとりあえずこの事態はヤバイ。相変わらず気の抜けるような笑顔のコイツは目が笑ってない。どうやって抜け出そうかそれだけを必死に考えていたら勘右衛門は俺の両腕を固定していない左手を袴に滑り込ませてきた。
「ちょっ・・・」
待てという言葉は勘右衛門の唇にふさがれた。ぬるりと生暖かい舌が入ってくる。意識が全て持っていかれそうになった。似合わないにも程がある。なんでコイツこんなに上手いんだ。口付けに気をとられ、左手が下帯を器用に避けて進入してくる事に気付くのが遅れた。ただし気付いても動けない身体では何ができるわけでもない。容易のいいことに勘右衛門の指には軟膏か何かが塗られていて難なく体内に侵入してくる。やめろ。口を開こうとすると自分でも信じられないくらいにくぐもった甘い声がもれた。いつの間にか二本、三本と増えた指は中をばらばらと好き勝手に動く。好き勝手に動くくせにその全てが快感を引きずり出す。前立腺を引っかかれた時は噛み締めた唇から喘ぎ声が漏れた。
「ねぇ、鉢屋」
泳ぐように動く指のせいでいっぱいいっぱいの俺に相変わらず笑ってこいつは語りかけてくる。
「お前は天才だけれど、俺だってこの学園で五年間い組だったんだよ」
何が言いたいか分かるよね。
できる事なら分かりたくないしそんな言葉聞きたく無かったよ畜生。コイツの今の言葉を意訳すればこうだ。「俺の実力舐めんなよ」。ああ、舐めてましたとも。わざわざ遠まわしに、けれど確実に効く嫌味を持ってきたコイツは本当に心底性格が悪い。そんな事を熱に浮かされた頭で考えた。残念な事に「い組」の技巧は凄まじく上手くて指だけで果てそうだ。けれど別に男色の気があるわけでも無い俺は当然そういった行為に慣れていなくて、寸でのところで気をやれない。下半身の熱の疼きがじれったくて仕方ない。お前の指でよがってる自分に吐き気がする。早くどけ。十分だろう、お前に抵抗できない所なんて、たっぷり見ただろう。
意地でも泣かない。それが最後の矜持だった。そんな俺を見て、にたり、とそれはそれは嫌な顔でコイツは笑う。
「ふふ、俺に『三郎』って呼ばれたくなった?」

ふざけんじゃねーよ、カス。

 微笑って種を蒔きました。




11/23の手ブロネタです。





2009/11/29